パラソル
強烈な陽射しの夏がやってきた。空を見上げるだけでも、くらくらとしてくる。
診療所の前には広い歩道があって、さらにバス停がある。向かい側のバス停には日よけがあるのにこちら側には日よけがない。暑い中をバス待ちしている人を見て、カフェなどでよく使われる大きなパラソルを買ってきた。陽射しがきつい日にはパラソルを置いて少しでも陽射しを避けてもらおうと思ったのであるが、職員から、猛反対を受けてしまった。診療所の前の通りは交通量が多いし、けっこう、強い風もよく吹いている。パラソルが風にあおられて、車にでも当たればトラブルの元だというのである。実際にその通りなので、人のために良いことをしようと恩っても出来ない世の中だと思いつつ計画は断念した。しかし、パラソルが残ってしまった。
暑い陽射しの中、60代の女性がやってきた。主訴は顔が紅くなるであった。酒を飲みすぎて鼻が赤くなるのは酒さだが、女性では少ない。エアコンの風にあたっても顔が紅くなり、日光にあたってもカーと顔が紅くなってきて人前に出れないという。今も顔全体が赤くなっている。更年期の時期は過ぎているので更年期の症状ではない。血管運動神経の失調、自律神経系の変調といえるのだろう。他院でホルモン補充療法や自律神経失調症の投薬も行ったようだが効果はなかった。前回の診察で骨密度が低かったので、Ca摂取、運動、食事療法といったところを勧めたが、これで骨量が上がることはない。しかし、維持するには必要であるし、規正しい生活は自律神経失調症にもいい治療である。以前は庭いじり、家庭菜園が好きで運動も行えていたが、いまは外に出るのが無理ですという。日にあたるのを怖がっている。漢方薬も他院でもらったが加味逍遥散は効果がなかった。桂枝茯苓丸は少し効果があったという。痩せた人なので桂枝茯苓丸は多少合わない面があるだろうが、これをヒントに桂枝湯という漢方薬を処方した。これは本来風邪薬だが効果があったようで、再診では喜んでやってきた。この効果には気逆とか表の気を補うとかいった意味があるが漢方理論は難しい。庭いじりはどうですか、と聞くと陽を遮るものがないのでという。あのパラソルがあるので差し上げましょうかというと、喜んでもらってくれた。
これでやれやれだが、やはり陽射しはきつい。最近、毛が薄くなったとかみさんに指摘
されていたが、とみに頭頂部の毛が少なくなって、陽射しが直接、頭皮に浸みるように暑い。家に帰るとかみさんがあなた暑いでしょうから、これを差しなさいと男性用のパラソルをプレゼントしてくれた。見かねているのか、内心、面白がっているのか、すこし複雑な心境になった。桂枝湯でも飲もうか?
(ある日のDr,Qの診察室日記より)
※これはフィクションです。