メタボリックシンドローム
ウイメンズクリニックだがたまに男性の患者もやってくる。風邪や急性胃腸炎、漢方薬希望などだが、メンレストランと間違えて入ってきた人もいた。
いま、診察室にいる男性は特定健診の受診者である。家族でかかってくれるありがたい一家であるが、健診などせずとも、体重80㎏以上、一目見ただけで、メタボとわかる体格である。しかも、問診票にはメタボとわかったときでも生活習慣を改善するつもりはないというところにチェックが入れてある。なんのために健診を受けるのですか、と聞くと、上海に行く予定があるので、健康診断のつもりでという返事であった。もう一つ意図のつかめない返事だが、一応、診察と血液検査を行い、運動と食事内容についての話をしたが、全部、食べないと奥さんの機嫌が悪くなるので,残さず食べるということであった。
数日後、その男性の奥さんが姉とおぼしき女性とやってきた。受付では主訴もなにもいわず、順番で診察室にはいってきたが、おどろくほど硬い表情であった。姉とふたりで逡巡しているようであったが、ようやく痒いんですといった。女性の痒みなどはよくある症状で別に取り立てて、受診するのにはばかられる症状ではない。しかし、その次に出てきた言葉は“毛のあたりで何かもぞもぞ動くんです”であった。これは・・・?とりあえず、診察したが、毛のあたりふけのような白いものがあった。それを顕微鏡でみると、息を飲んだ、牙をむいた顔、全身に毛が生えた怪物がそこにいた。日本ではほとんど教科書的な寄生虫だが、毛じらみだろう。まさかこんなところで遭遇するとはというのが感想であった。
10年ぐらい前に小学生ぐらいの子供に髪の毛につく虱が流行って話題となったことがあったが、しもの方につく、毛じらみはめったにお目にかかれない。患者さんに説明すると、ある程度予想はしていたのだろうが、やはり、精神的なショックをうけたようであった。患者さんのお姉さんのほうが、急にしゃべりだした。“このひとの旦那が台湾の南に行ってきた後からなんですよ、男はどこでなにしてくるやら、ほんとにしょうがない人ですわ、今度、上海に行くといってますが、行かしてはいけませんよね!”衣服からも移ることがあるといっても、他人のパンツを借りるわけはない、どうコメントしようもないので、毛じらみの治療法を説明して、医家向けの薬には毛じらみの治療薬はないので薬局でスミスリンパウダーという薬をかってもらうことにした。ご主人の方も治療するようにといったが、いままで、ほとんどしゃべらなかった患者さんが、“あんなのはいいんです”といって帰って行った。
1年後、そのことを忘れていたころに、その旦那さんが、メタボ健診のためにやってきた。
一目見て、驚いた。あの恰幅の良さがうそのように、痩せていたのである。どうされたのですか?と質問すると、奥さんが昨年から、家事をしなくなったんで、炊事、洗濯、掃除全部自分でしているとのことであった。奥さんは姉のところで食事をしているらしい。家庭内離婚状況であるが、身から出たさびだろう。しかし、毛じらみはメタボにはもっとも効果的な治療法だったか?と内心で笑ってしまった。
(ある日のDr,Qの診察室日記より)
※これはフィクションです。